建物と人 : 場所の喪失が地域愛着に及ぼす影響に関する研究
九州大学箱崎キャンパスとその周辺地域を事例として
はじめに
平成28年から29年にかけて当時九州大学 21世紀プログラム4年の土田亮さんの卒業研究を編集したものです。
九州大学箱崎キャンパス( 福岡県福岡市東区、全42. 6ha) は、2018年に閉鎖することが決定し、2005年から同市西区の伊都キャンパスへ段階的な統合移転が開始された。また2013年には「九州大学箱崎キャンパス跡地利用将来ビジョン」が発表され、「箱崎キャンパス跡地利用協議会」の設置(2013年~)、「九州大学箱崎キャンパス跡地利用計画」(2015年)の策定が行われ、箱崎キャンパスの更地化が進行している。しかし、地域住民は歴史的建造物や街並みの保存など多くの懸念を抱えていると考えられる。長年存在してきた場所の喪失は地域住民の感情やまちへのアイデンティティに影響を及ぼすものであり、その後の再開発においても十分な配慮と検討を要する。学術的にも都市や再開発とまちへの愛着は注目されるテーマであり、これからの再開発のあり方について様々な研究がなされている。しかし、場所がなくなる最中の地域住民の感情についてなされた研究はまだ少ない。場所の喪失が地域住民にどのように影響を及ぼしているのか、どのように受容されていくのかということから、まちへの愛着形成にとって望ましい再開発のあり方を検討することは意義があると考える。そのため、本研究では九州大学箱崎キャンパスを事例として、場所の喪失が地域住民にどのように影響を及ぼしているのかについて検討を行う。
研究方法として、まず、福岡市東区箱崎3、6丁目を研究対象地として設定し、研究対象地の住民を無作為抽出により1, 000人を抽出しアンケートを行った。質問内容としては、個人属性、まちづくり活動について、箱崎キャンパスとその周辺地区について、跡地利用のニーズに関する項目を設けた。質問項目に応じて2件法、5件法および認知マップ法及び自由記述法で設定されており、回答を要請した。その結果、140部を回収することができた(回収率14.0%)。
アンケートの単純集計においては、まず、回答者のデータとして多様な属性と居住形態、在住年数の回答を得ることが出来た。とりわけ持ち家と賃貸マンション・アパートの回答が多いこと が特徴として挙げられる。また、回答者の在住年数についても平均在住年数が19.3年と比較的長い傾向にあることが分かった。
まちづくりに対する意向として、まちづくり活動の参加状況は2割と低かった。また、参加意欲や熱心さも否定的な回答やどちらでもないといった中立や無関心を示す回答が多く見られた。
地域に対する評価について、地域住民にとって箱崎地区は住みやすさ・雰囲気の評価がよく、今後も箱崎地区での定住を望んでいた。また、地域の変化を望まない回答も多く見られた。
箱崎キャンパスに対する意識と評価において、箱崎キャンパス固有の歴史的建築物や緑の場を保存したい意思が多く見受けられた。加えて、箱崎キャンパスの今後の 跡地利用に対して高い関心や期待を抱いていた。一方で、箱崎キャンパスが移転しても自分の地域だと思う人は多く存在した。箱崎キャンパス跡地の利用案に関して、文教施設や自然豊かな場といった今と変わらない風景や環境を望んでいることが集計の結果により明らかとなった。
箱崎地区に対する思いについて自由記述で尋ねたところ、「箱崎キャンパスおよび跡地に対する要望・提案」の声が一番多かった。また、全体として自由記述の中で箱崎キャンパスの移転に関して残念であると評価しており、現状を受け止めきれない声が多く挙がっていた。
アンケート結果はIBM社SPSS Statistics24を用いて、まず、地域愛着(選好)・(感情)・(持続願望)および跡地に対する願望の尺度を構成するため、主成分分析と信頼性分析を行い、内的一貫性を確認した。
本研究で得られた結果で、まず、地域愛着や跡地に対する願望に関する個人属性の影響について相関係数を算出した。年代に関しては、地域愛着の感情・持続願望と有意水準1%で有意な相関を示した。また、在住年数は地域愛着の感情、持続願望尺度と有意水準1%で有意な相関を示し、選好・跡地に対する願望尺度と有意水準5%で有意な傾向を示した。従って、年代が高いほど、地域に対する感情や持続願望が強まることが分かった。また、在住年数が長いほど、地域愛着全般や跡地に対する願望が強まることが示された。
まちづくり活動の参加の有無によってキャンパス移転に対する意識に有意差が見られるか確認するため、キャンパスの移転に伴う感情に関してまちづくり活動の参加の有無とのカイ二乗検定を行った。まちづくり活動の参加の有無がキャンパスの移転に伴う感情の二つの項目に関して有意水準5%において有意差は確認されなかった。このことより、まちづくり活動の参加の有無と九州大学箱崎キャンパスの移転に伴う負の感情において関連がないことが明らかになった。
九州大学の移転に伴う感情に関して地域愛着と跡地に対する願望の尺度との相関係数を算出した。急激な変化に耐えられないと感じることは、地域愛着の感情・持続願望と有意水準1%で有意な相関を示した。加えて、地域愛着の選好とは有意水準5%で有意な傾向を示した。また、箱崎キャンパスが移転しても自分の地域だと思えることについては、地域愛着の感情・持続願望、跡地に対する願望尺度と有意水準1%で有意な相関が得られた。そして、地域愛着の選好とは有意水準5%で有意な傾向を示した。これらのことから箱崎キャンパスの急激な変化に耐えられないと強く思うほど、地域愛着全般と相関があることが明らかになった。また、箱崎キャンパスが移転しても自分の地域だと強く思うほど、地域愛着全般そして跡地に対する願望との相関があることが明らかになった。
箱崎キャンパス移転と愛着尺度との間に相関が見られたことから、移転は地域愛着に影響を及ぼしていると言える。移転が地域愛着に及ぼす影響については、急激な変化には耐えられないと感じることに関して地域愛着の選好・感情・持続願望と相関が見られた。また、箱崎キャンパスが移転しても自分の地域だと思えることに関して地域愛着の選好・感情・持続願望、跡地に対する願望と相関が見られたことから、急激な変化に耐えられないことや移転後も自分の地域だと思えることが、地域に対して総合的な愛着や跡地の将来に対して正の影響を及ぼす要因としての可能性が考えられる。このことは、住民が箱崎キャンパス移転によって寂寞感を感じていると同時に、跡地の今後への期待感も抱いていることを示す。箱崎キャンパスが完全に移転されていない段階でのアンケートであったことから、箱崎住民の複雑な感情が調査結果にも表れたものと考えられる。
本研究の今後の展開として、箱崎キャンパス移転事業の経年変化に着目し、地域住民が今後どのようにまちの変化を受容していくか調査していく必要があると考えられる。また、今後新たな場所を計画する際に、住民に愛着を抱かれる場所になるようその特徴を住民側から主体的に組み込むモチベーションの向上と機会参画の動向に着目しながら地域愛着を深める必要がある。加えて、歴史的な街並みが及ぼす地域や市民のアイデンティティに関して日本の事例研究が行われていない。今後箱崎地区が歴史と技術を編みこんだ街になっていくためにも、地域住民だけでなく、市民全体が注目している将来でもあるためこのアイデンティティ形成にも注目した研究を行う必要性があると本研究を進める上で感じられた。
調査年月:平成28年10月 土田 亮(九州大学 21世紀プログラム4年)
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参考文献:※あいうえお順
[公的機関]
・九州大学箱崎キャンパス跡地利用将来ビジョン検討委員会(2013):九州大学箱崎キャンパス跡 地利用将来ビジョン:九州大学企画部統合移転推進課,51pp.
・箱崎キャンパス跡地利用協議会(2016):第 9 回箱崎キャンパス跡地利用協議会協議資料:福岡 市住宅都市局,21pp.
・福岡市, 九州大学(2015):九州大学箱崎キャンパス跡地利用計画:福岡市住宅都市局, 52pp.
[研究論文]
・木下勇,ビンダー・ハンス( 2011):日本の都市再開発におけるアイデンティティと持続可能性 について:都市計画論文集 4(6 3),463-468.
・園田美保,南博文( 2000):都市再開発後の時間の経過とまちへの思いの変化-高齢者にとって の「このまち」の今と昔:- 九州大学心理学研究 1,95-103.
・園田美保(2002):住区への愛着に関する文献研究,九州大学心理学研究 3,187-196.
・鈴木春菜,藤井聡(2008):「地域風土」への移動途上接触が「地域愛着」に及ぼす影響に関する研究:土木学会論文集 64(2),179-189.
・鈴木春菜,藤井聡(2008):地域愛着が地域への協力行動に及ぼす影響に関する研究:土木計画学研究・論文集 25,357-362.
・引地博之,青木俊明,大渕憲一(2009):地域に対する愛着の形成機構-物理的環境と社会的環境の影響-:土木学会論文集 65(2),101-110.
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